ジークフリート牧歌 Op.103
R.ワーグナー
アマオケがワーグナーを演奏する機会はさほど多くない。彼の作品の殆どは大規模な歌劇や楽劇だし、その序曲、前奏曲間奏曲にしても、難易度が高く編成も曲のスケールも大きいため、なかなかプログラムに取り入れにくいのだ。その点この「ジークフリート牧歌」は、私的な作品で、こじんまりとしており、小編成で書かれ、何よりも家庭的な愛と喜びにあふれる音楽であるため、アマオケには極めて愛される作品となっている。この曲は1870年に、ようやく正式な妻となったコジマの誕生日のために作曲され、12月25日の朝、スイス、ルツェルンのトリープシェンの自宅において、いわゆるサプライズとして演奏された。ワーグナーの弟子で当時23歳だった後の大指揮者ハンス・リヒター選抜によるチューリッヒの管弦楽団の15人のメンバーは、コジマの寝室へと続く曲がり階段や踊り場に陣取り、最上段のワーグナーの指揮により静かに演奏を開始した。勿論サプライズは大成功だった。
「ジークフリート牧歌」というタイトルは後年出版されるときに付けられたもので、当初は「フィーディーの鳥の歌とオレンジの日の出をもったトリープシェン牧歌」という長いものであり、「誕生日の交響的祝賀として、彼のコジマに捧げる。彼女のリヒャルトから。」という献辞が添えられていた。フィーディーは太った鳥というような意味で、1歳だった長男ジークフリートの愛称である。「オレンジの日の出」も二人にとって個人的に意味のある言葉であったらしい。
後に「ニーベルングの指輪」やブラームスの交響曲第2番、第3番の初演者として名を残したハンス・リヒターは、このときトランペットとヴィオラを掛け持ちで担当した。本日の演奏をお聴きになり、リヒターの活躍ぶりに思いを馳せていただきたい。この曲は当時完成間近だった楽劇「ジークフリート」そして「ワルキューレ」からのライトモティーフがふんだんに使われており、間接的には大いに関係がある。どこか聞き覚えのある、耳に残るモティーフがちりばめられ、一瞬たりとも耳を離すことが難しい。若い頃熱狂的なワグネリアンであったドビュッシーはワーグナーの音楽について、「聴き手に注意深く聞くことを要求する小うるさい音楽」と評しているが、果たして現代の我々には、ワーグナーの音楽、彼とコジマ、そしてハンス・フォン・ビューローの関係についてどのように映るのだろうか。
(Va 常住 裕一)
人物相関図(1880年)by 牧子画伯より ワーグナーを抜粋
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